光KERR効果を用いた断熱的周波数変換

Research

光KERR効果を用いた断熱的周波数変換

低損失かつ制御性の高い周波数変換手法の実証

ギターの弦を指で弾くと,ギターからある音階の音がしばらくの間鳴り続けます.では,音が鳴り続けている間に弦の張力を素早く変えるとどうなるでしょうか.ご想像の通り,張力の変化に合わせてギターから発せられる音の音階も変わるはずです.これは物理的には,弦の固有振動数が張力の変化に伴って変わることによって説明できます.

実は,これと同じような現象を,微小光共振器中でも起こすことができます.光が入った微小光共振器の共振周波数を素早くシフトさせると,共振器内にある光自身の周波数も共振周波数シフトに伴って変化するのです.これは断熱的周波数変換(Adiabatic frequency conversion)として知られる現象です.従来までの断熱的波長変換は,フォトニック結晶共振器を始めとする共振器の共振周波数をキャリアの効果によってシフトさせることによって実現されたものがほとんどでした.しかしながら,キャリアを用いるとキャリアの有限な拡散時間の影響で時間的な制御が難しい他,キャリア密度の増加に伴って共振器の損失が上昇してしまうという問題点がありました.そこで本研究では光Kerr効果という無損失かつ瞬時的な応答が可能な手法でシリカ微小光共振器というガラス製の共振器の共振周波数を制御することにより,低損失かつ制御性の高い断熱的周波数変換を実現しました.

Fig. 1 断熱的周波数変換の概念図.キャリアを用いると制御動作を終えた後も光周波数は変換されたままだが,光Kerr効果を用いると周波数を元に戻すことができる.

Fig. 2に実験結果を示します.もし共振周波数に制御を加えなければ光出力は滑らかに減衰していくはずです(灰色の実線).しかしながら,共振周波数の制御を行うと(図中の赤い領域),その間だけ出力に振動が現れます(青の実線).これは元の光と周波数がシフトした共振器内の光との干渉効果によって生じるビートであり,ビート周波数が周波数変換量に対応します.(a)では共振周波数の制御に用いる光パワーを強くすればするほど周波数変換量が大きくなっていき,最大で140 MHzにまで達することが分かります.また(b)では光Kerr効果の高速な応答を利用して2回の変換を行うことに成功しました.複数回の断熱的周波数変換の観測はこれまで例がありません.

Fig. 2 断熱的周波数変換の実験結果.(a)パワー依存性.(b)複数回動作.下のパネルは理論から見積もった周波数変換量の時間変化.

また,光Kerr効果の高速な応答を利用することによって,元の光と変換された光との位相差が出力波形に与える影響について調べることができるようになりました.Fig. 3(b)に示す通り,周波数変換動作を終えた後でも,位相差が元に戻らない場合には出力波形も元に戻らないことが実験的に示されました.この結果は理論ともよく合致します.

Fig. 3 位相差が与える影響の分析.(a)位相差のパワー依存性.(b)実験結果との比較.位相差が元の値(π)に近いと(下),変換動作後の波形は元の波形と一致する.その一方,位相差が元の値から遠いと(上),元の波形には戻らない.

断熱的周波数変換の強みは周波数を滑らかに原理的には100%の効率で変換できることです.本研究の低損失な性質と組み合わせることにより,量子情報処理といった分野への応用が期待されます.また本研究によって断熱的周波数変換についての理解をより深めることが出来ました.

本研究はOptics Letters Vol. 41, Issue 23に掲載されています.
本成果の一部は日本学術振興会(16K13702)及びリーディング大学院プログラム「超成熟社会の科学」の援助を受けました.